大澤信亮

批評家・日本映画大学准教授

宣伝二つ

今月出席するイベントです。どちらも参加自由で無料です。

11月6日 3・11以後の社会と私たち(恵泉女学園大学学園祭)
11月17日 批評ということ(静岡県立大学看護学部)

僕は3月11日以降、難航している別の長編批評とともに、ずっと災害論の準備をしてきました。今年の恵泉女学園の講義も震災と原発をテーマにしています。現時点で何が話せるかわかりませんが、せめて、どんなことを考えようとしているかだけは話そうと思います。

後者は縁あって引き受けさせて頂くことになりました。第一部では僕がいかに生きてきたのかを、看護という困難な他者との対峙を生業に選んだ若い人たちにお話ししようと思います。第二部ではもう少し批評や理論寄りの話、あるいは現在準備中の論考などについて話す予定です。懇親会もあるようですので、静岡方面にお住まいの方(でなくてももちろんかまいませんが)で興味がある方は是非。

坂口安吾研究会

直前ですが以下のイベントの告知です。
9月24日 いま、安吾を読む(坂口安吾研究会)
僕は坂口安吾について何かを書きたいと思ったことがありません。文学的な評価が高いことも知っているし、心をつかまれる言葉も確かにあるのですが、根本的に不徹底な人だったと思っています。そのことを見ずに「いま、安吾を読む」ことは僕には出来ない。はっきり言えば、高名な「堕落論」も、結局は「島原の乱」や「天草四郎」を書けなかったことの言い訳にしか読めない。これを安吾研究の専門家の前で説得的に語れるかわかりませんが、僕にとって安吾を本当に切迫して読むとは、そういうことになる。キリシタンと対峙することが彼に何をもたらしたのか、しかし、彼はなぜ対峙し切ることができなかったのか。そういうことを考えることが今の自分には大切に思えます。そこにあったはずの可能性を自分の頭と体で継続するのが批評という行為なのだから。どなたでも自由に参加できるようなのでぜひ。

思想の登龍門

今月21日に朝日カルチャーセンター新宿教室で下記の講義をします。

思想の登龍門

昨年10月の『神的批評』の刊行以来、いわゆる刊行記念イベントのお誘いはすべて断ってきました。「ロスジェネ」4号でも話した通り、僕はイベントや公開トークにあまり可能性を感じません。それに刊行後は「復活の批評」を書き上げるのに精一杯でした。今も次作と次々作、それから新しく始まった大学の仕事など、全力でやらねばならないことが山積みで、とても話芸を披露している余裕はない。しかし一方で、僕は自分の文章がどのような人にどのように読まれているのか、本当のところよくわからずにいます。一緒に何かを考えてくれる人はどこにいるのか。業界の現状にうんざりして、勝手に孤立無援の気になるにはまだ早いのかもしれない。この講座は値段が高いということもあり、参加者にとっても、自分にとっても、決定的な経験の場にしたいと考えています。本の紹介や解説でお茶を濁すつもりはありません。そのために受講条件を付けさせて頂きました。ただし理解度は問いません。

第24回三島由紀夫賞(追記)

第24回三島由紀夫賞の最終候補に『神的批評』が選ばれました。候補に選んで下さった関係者各位、読んで頂く選考委員の方々に、心より感謝申し上げます。三島賞に批評がノミネートされるのは12年ぶり、受賞に至れば14年ぶりとのこと。ぜひこの機会に久々の批評と小説の競合を楽しんで頂ければと思います。
ちなみに選考会は僕の誕生日の5月17日。何か神的な縁を感じます。とはいえ、すでに手を離れたところで起こっていることなので、僕自身は友人たちと前祝いを済ませたら、準備中の次作と次々作に集中しようと思います。嬉しい一方で、賞に一喜一憂すること自体が『神的批評』に相応しくないという気持ちもあるのです。
(選考の結果、受賞には到りませんでした。受賞できれば活動の幅が広がったのかもしれないと考えると残念ですが、簡単には賞に頼らせないぞという思し召しなのかもしれません。当然ですが、結果そのものよりも、推してくれた方や応援してくれた方がいるという事実を何より有難く、大切に思います。そういう方々をがっかりさせない生き方をするつもりです。この結果に囚われることなく、今後もさらに過激に徹底的に行くので、引き続きご注目ください。今の僕と同じく何かに「落選」している人たちへ。ありがとうございました。5月18日)

思想家

nobody賞の副賞の100万円ですが、東北義援金として、日本赤十字社に全額寄付しました(信頼できる専門家に聞いたところ、現時点ではもっとも妥当な寄付先とのことです。新聞で報道された寄付先を翻すことになってしまい申し訳ありません)。大切な友人知人の親族がいるから、福島の原発の電力を使って生きてきたから、東北の豊かな海産物の恵みを享受してきたから、だけではありません。批評家として、未来の思想家のために、下らない呟きや自意識ではない具体的な実行をした人間がいたことを示さねばならないと思った。この危機を超えて僕が心の底から待ち望んだ本物の思想家が誕生することを願っています。僕自身は寄付や節電を含めたできる限りの実践、都市と地方その他の非対称的な社会的関係の再認識、人間にとって電気とは何かという問い、これらを関東で生きているという現実から内省的に進めるつもりです。問われているのは政府でも東電でもメディアでもなく「自分」なのだと思います。

今月の仕事(追記あり)

今月は「新潮」に「山城むつみのミッション」(26枚)を掲載します。これについては多くを語りません。とにかく読んでほしい。これもまた論争文ですが、先月の「復活の批評」や「いかに神の力を発動させるか」とは性質が異なります。ただし、どれに優位があるわけでもありません。いずれも自分として真剣に対峙した結果です。

先月は「復活の批評」がネット上で騒動になりました。肯定否定に関わらず言及してくれた方々に感謝します。とくに東浩紀氏がスルーしなかったことには感謝しています。氏の反論の仕方や内容にはまったく納得できませんが、攻撃性が攻撃性を触発することはわかっています(そもそもこの論争文自体が氏の僕(ら)の活動の矮小化へのリアクションなのだから)。それをレッテルやアングルや数の力で片づけるのか、あるいは「個」として作品で切り返すのかに思想上の真の闘争があるわけです。でもこれ以上は僕が言うべきことではない。氏がもともと前者のタイプの人間だったのか、攻撃に曝され続けた挙句にそうなってしまったのか、あるいは「あえて」そのように振る舞っているのかわかりませんが、とにかく流されて終わりにならずに本当によかった。ただ、この論文の問題圏がしっかり論じられた感じはしないので、読者の方には、少し落ち着いた今から論点をじっくり考えてみて欲しいと思います。妙な対立を作られましたが、偏見なく読んでくれた人はわかるように、僕の議論は東氏の可能性の中心を引き継ぐものでもあるのです(追記。この表現について東さんから真摯なリプライを頂きました。僕も「文芸誌と思想論壇のなかでのみ仕事をして」きたわけではありません。そして現状に満足しているわけでもない。ただ、東さん自身が体現されているように、この壁を超えるためには時間がかかる。何年、何十年単位の。もう今回の件でうんざりされたかもしれませんが、できれば今後も僕の仕事を見て頂けるとありがたいです。僕も東さんの仕事を読み続け、学ぶべきところはちゃんと学んでいきたいと思います。ありがとうございました)。

あとロクに本文を読みもしないで東氏のアングルにまんまと乗せられて僕を攻撃した人たちにも言っておきます。そういう自分を恥ずかしいと感じませんか。そんな風に一生ずっとやっていくつもりですか。僕がマンガという表現をどれだけ大切にしているかは、このブログにも『神的批評』のあとがきにも、あるいは「ロスジェネ」4号でも語っている通りです。そもそも「貧しさ」は、宇野常寛氏の主張と分析の方法と選択肢の幅を指しているわけで、サブカルチャーが表現として貧しいなどと言っていない(ただし富裕有閑層向けの高額な娯楽でないのは事実だと思いますが)。さらに言えば貧しいという言葉を僕は否定的に使っていません。これも「ロスジェネ」4号の前書きで書きましたが、同じような状況で生きているということです。でもこんな解釈談義はどうでもいい。枝葉末節をつっついて本題をなし崩しにする汚いやり口はよくわかっています。僕はべつにあなたたちを憎んでいない。ただ、誰かに釣られて振るってしまった暴力をなかったことにせず、内省してほしいと思うだけです。叩けそうなものを叩いてすっきりする敗北の人生や、子分として忠誠を示し続ける惨めな生き方を克服し、個として生きてほしいだけです。

その上でなお異論反論があるなら正々堂々とやって欲しい。卑怯なレッテルやアングルや矮小化や追従では、たとえ何人でかかってこようと僕には通用しません。

それから先月は「週刊金曜日」で中島岳志氏と対談をしました。テーマは秋葉原連続殺傷事件と批評。対談は上の騒動の最中に行われ、膨大な公判記録を読みながら、被告がネット上の悪意のなかで凶行に及んだ気持ちを考えていました。今月中に掲載予定です。

あとは3月13日に下記のイベントに出席します。演出は「ク・ナウカ」の宮城聰氏、トークの相手は宮城氏と、社会学者の吉見俊哉氏です。

SPAC「グリム童話〜少女と悪魔と風車小屋」(オリヴィエ・ピィ作、宮城聰演出)

それと『神的批評』の3刷が間もなく市場に出ます。品薄でご迷惑かけています。

今月の仕事

今月は「文學界」に「復活の批評」(100枚)を、「atプラス」に「いかに神の力を発動させるか──「『世界史の構造』を読む」を読む」(30枚)を掲載します。いずれも論争的な性質の文章です。僕はかつてある人と「論争の問題を考え続ける」と約束しました。だからずっとこの機会を狙っていました。しかし、論争において何よりも重要なことは、「どこでやるか」ということです。いくらでも好きに書けるネット上や、論争対象と敵対的な雑誌や同人誌で書くのではなく、力関係の絡み合う「アウェー」で行わなければ意味がない(これもその人に教えられたことです)。なぜなら論争とは、たんに言葉の正否を争うだけではなく、存在そのものをぶつけることだからです。たとえば空間を荒らす論争的な文章を文芸誌に載せるには何重もの困難があります。先行者には並々ならぬ努力で築いてきた実績や関係があり、媒体は、その貴重な関係を失うことにもなりかねないからです。だから、僕はまず、揺るがぬ単著を持つ必要を感じました。自分の存在に自立的な価値があることを証明しなければならないと思った。その上で、どうしてもおかしいと思うこと、それを問わないことは自分自身の言葉を裏切っていくと感じること、それを放置していては自分の仕事が十全に展開できないこと、それらに対しては勇気をもって対峙しなければならないと思った。ほのめかしやレッテルや矮小化ではなく、堂々と戦うべきだと思った。もちろん単なる言いっ放しではない。そこにある可能性や論点を認めていなければそもそも論ずるに足らない。だから「批判のための批判」にはなっていないはずです。それでも進行はすんなりとは進まなかった。でもそれも含めてこの半年間は本当に手応えがあった。掲載を決断してくれた「文學界」と「atプラス」に心から感謝します。

その他の近況ですが、池田晶子記念の「わたくし、つまりnobody賞」という賞を受賞しました。すでにプレスリリースされているように賞金は寄付することにしました。その思うところは受賞スピーチで語ろうと思います。それから「毎日新聞」2月2日夕刊に僕の紹介記事が掲載されました。この記事も新聞的によく通ったなと思います。いや、通ったのではなく、きっと「通して」くれたのでしょう。記者の鈴木英生氏に感謝。

感謝

『神的批評』の刊行からほぼ一ヵ月経ちました。ネットで言及してくれた方々、言及せずともいち早く購入してくれた方々、それから、この本を売ろうと尽力して頂いた書店員の方々のおかげで、刊行一週間で増刷という好スタートが切れました。心より感謝いたします。

そして今月からは新聞や雑誌などでの言及が増えてくるようです。まずは本日発売の主要文芸四誌(「新潮」「文學界」「群像」「すばる」)すべてに書評が掲載されています。「新潮」は山城むつみ氏、「文學界」は高澤秀次氏、「群像」は武田将明氏、「すばる」は杉田俊介氏。なお「文學界」では安藤礼二氏の新連載でも触れられています。ぜひすべて読んでほしい。そして「批評ゲーム」が終わる瞬間に立ち会ってほしい。とくに山城氏は7年越しの『ドストエフスキー』を刊行されたばかりです(凄まじい本です。いずれ何か書かせて頂きます。さしあたって言えば、佐々木中氏が『切りとれ、あの祈る手を』で提唱している「ただ読むことそれ自体の革命」を実際に実行するとどうなるかを体現した本です)。僕がずっと目標にしてきた氏に書評を(しかも破格の書評を。こんな書評を僕は読んだことがありません)書いて頂けたことを大変光栄に思います。

他には僕の知る限り、小嵐九八郎氏(「週刊現代」12月4日号、「図書新聞」2994号)、池田雄一氏(「共同通信」)、加藤陽子氏(「毎日新聞」12月5日)、佐々木敦氏(「東京新聞」12月5日)、武田徹氏(「中央公論」1月号)、中島岳志氏(「朝日新聞」12月12日)が言及してくれています。厚くお礼申し上げます。

僕自身はこの半年間ずっと論争的な原稿を書いていました。掲載されるかどうかわからない必死の原稿です。それに色々な人に恩を仇で返すことになるのかもしれない。しかし、個別の仕事はともかく、ジャーナリズムとしての活気を失い、すでに死に体となった批評を復活させるために、どうしても闘争感覚を呼び覚ましたかった。これは「ロスジェネ」4号での杉田氏との対談(未読の方は必読。ある意味で『神的批評』を超えている箇所も多々ありますし、僕のどうしようもなさも発揮されています)を、より困難な場所で一人でやるという挑戦です。僕は何をやってもいい自由が文学の条件だと思っている。それは『神的批評』のような仕事とも矛盾しない。だから何年沈黙してもいい。書きまくってもいい。延々と長い対話を続けても、短いつぶやきで気持ちを吐露しても、売るために必死になっても、軽口や悪口を言ってもいい。そして真剣に怒ってもいい。

神的批評

僕の初めての単行本『神的批評』が刊行されます。
大澤信亮『神的批評』(新潮社)

最初にお金を貰って原稿を書かせて頂いたのが9年前。それから本当に色々ありました。単行本の刊行が物書きの正式なデビューだとすれば、ずいぶん遅かったという感じがするかもしれません。しかし、僕自身が本を出したいという気持ちがなく(それよりも真に手応えのある問いをつかむ方が大切だ)、また、無数の本で溢れている現状であえて単著を世に問うからには、決定的なものでなければならないと考えていました。

そして、現実にそのような本になりました。

あらゆる意味で完全に満足しています。内容はいずれもすでに発表されたものですが(「宮澤賢治の暴力」「柄谷行人論」「私小説的労働と協働──柳田國男と神の言語」「批評と殺生──北大路魯山人」の四編)、どの論文も手を加えています。とくに柳田論は全面的に書き改めました。ほとんど書き下ろしで、「思想地図」掲載版とはまったく違います。僕が信条としているのは、小説よりも娯楽よりも面白い「超批評」なのですが、4本すべてがそうなったと自負しています。ぜひ読んで頂きたい。

ブックデザインも「シンプルこそが最強」という僕の信念を見事に実現してくれたものになりました。隅々までデザイナーの相当な拘りがあり、これ自体が一つの「作品」になっていると思います。それから帯。この本を真っ直ぐに受け止めてくれた町田康氏。それから「対峙セヨ。」の名フレーズと、過剰なまでの熱い煽りを書いてくれた、若い担当編集者氏。彼と出会えたことが、この本にとって決定的だった。彼が、出版部に異動して初めて自分で立てた企画が、この本でした。企画を通すために、企画会議の日は徹夜で準備をして臨み、10回以上もゲラを通読してくれた。ファミレスで5時間も、打ち合わせだか何だかよくわからない、小林秀雄江藤淳三島由紀夫についての文学論を終電まで交わしながら僕は、自分の原点が、高校時代や大学時代、こんな風に真剣に対峙してくれる人たちにあったのだという記憶を懐かしく、心強く思い出していました。本当にありがとう。

思いの丈は「あとがき」に書いたのですが、そこに書かなかったことをこの場で少しだけ。僕は近年の「批評ゲーム」に心の底からうんざりしていました。しかし若い人たちが気の毒なまでに売名に必至になるのもわからないではない。なぜなら、新人が文芸批評の本を出すことは、現状では不可能と言われていたからです。その意味で僕は、新潮新人賞評論部門の最後の受賞者としての責任を感じていました。新潮社という文芸の中心で賞を頂いた自分が、もしそこから本を出せなければ、今後、若手の文芸批評は刊行できないという先例を作ってしまうかもしれないと(たとえば新潮社が新人の批評の本を出すのは東浩紀氏の『存在論的、郵便的』から12年ぶりのはずです)。もちろんこれは様々な幸運の重なったレアケースなのかもしれない。しかし、それがあり得るのだということ、そのために9年という長い時間がかかったことの重みを、未来の批評家・思想家・文学者に捧げたい。そして「やっぱり売れなかったじゃないか」という先例を作らないためにも、営業ではない「売る」努力をしようと思います(大手から本を出さなくても云々という見当違いは言いません。僕はもっとも困難な場所と状況で、つまり「アウェー」で戦いたいだけです)。

僕は社会批評もサブカルチャー批評もやりました。しかし最終的に行き着いたのは文芸批評だった。ジャンルに優劣をつけるつもりはないですが、僕にとっては、文学こそがもっとも刺激的で、現実的だった。そこにはマンガにもゲームにもネットにも満たされない何かがあると感じます。とはいえいわゆる「文学好き」ではありません。むしろそういう人に対しては「他に面白いことがあるのに」とさえ思います。しかし、そんな自分が心から本気になれるのが、文学だった。だから僕は、『バガボンド』や『ジョジョの奇妙な冒険』や『HUNTER×HUNTER』や「ニコニコ動画」や「2ちゃんねる」よりも面白い批評を、本気で目指しています。マンガやゲームやネットを論じているわけではない。すでに一定のマーケットがあり、それについて論じれば数が稼げるという話ではない。しかし、それらが提示する物語や倫理やリアリティを超える言葉を実現することが、それらに対する真の意味での批評になると考えているのです。これだけが動機ではないですが、とくに(たぶん僕と似たような娯楽環境にある)ネットを通してアクセスしてくれた方には、そのことを強調しておきたいと思います。

近況

遅ればせながら近況の仕事の報告です。

『フェミニズムはだれのもの? フリーターズフリー対談集』

とくに栗田隆子さんの奮闘に注目して欲しい。FF2号もそうでしたが、一人の女性が中心となり、様々な立場の人間と対等に議論し合う空間を作り上げたことの意味は大きいと思います。議論として不十分なところがあっても、この空間の先で「フェミニズムはだれのもの」かを考えねばならないのは確かだと思う。そのとき森岡正博さんと杉田俊介さんの対話をフェミニズムがどう受け止めるのかがポイントになると思います。僕自身の関わり方で言えば、上野千鶴子さんに対して、公開的な場で自分の意見と疑問を言えたことが大切でした。

あとは「en-taxi」に「天皇の性に関する理論的諸問題―神山茂夫天皇制論その断片」というエッセイ、「新潮」に「弱さと寂しさが研ぎ澄ました言葉の先へ」という、福田和也氏の『アイポッドの後で、叙情詩を作ることは野蛮である。』の書評を書きました。前者は僕の修士論文の読み物的な要約です。後者が「書評」なのか「批評」なのか。自分の目で判断して欲しいと思います。

先月は立て続けに色々ありました。いよいよという感じで気が引き締まる思いです。報告はまた後ほど。

ロスジェネ最終号

いよいよ「ロスジェネ」最終号の刊行です(予定の3月中に刊行できずに申し訳ありませんでした)。225ページ、ハードカバー、1000円(税別)。はっきり言って、刷った分が全冊売れても殆ど利益なしという価格設定なのですが、決定的なかたちで終わらせるために無理をしました。造本コストの都合上、たぶん増刷はありません。もし買い逃した場合は入手困難になる可能性があります。ぜひ書店で手にとって、こういう本を出すことの意気というか意地を感じてください。内容は下のエントリーの通りです(なお裏表紙のデザインが変更になりました)。全国書店にはあと十日前後くらいで並ぶのではないかと思われます。

あと「ロスジェネ」の公式ページに創刊号に載せた小説「左翼のどこが間違っているのか?」を近日中にアップします。まあ無料なので読んでみてください。それで切り貼りしたい部分があったら好きにやってください。そもそもそういうつもりで書いた小説でした。格差問題とか労働問題とかいろいろありましたが、結局のところ、僕にとって「ロスジェネ」はこれだけでした。こういう存在が贖われないなら、格差がどうなろうが、労働条件がどうなろうが、そんなものはどうでもよかったのです。

とにかく「ロスジェネ」はこれで終わりです。
ありがとうございました。第二期とかはありません。

終わりし十年の記念に

今月は自分にとって記念的な三つの仕事を発表します。

まずはロスジェネ4号。じつは今回で最終号です。詳細はロスジェネHPの巻頭言を読んでください。僕は原稿用紙90枚ほどの浅尾大輔論、杉田俊介さんとの12時間を超える対話(原稿用紙600枚分)を行いました。自画自賛になりますが、前者は作家論としては、近年の若手が書いた作家論のなかではいろいろな意味で圧倒的なものになったと自負します。それは浅尾大輔という作家との幸運な出会いの賜物です。心より感謝します。

後者もまた僕たち以外には語りえない内容が多く、希少価値が高いかと思われます。一例を挙げれば、この十年間に僕が関わった人(大塚英志福田和也鎌田哲哉東浩紀その他の各氏)や出来事(NAM、「重力」、フリーターズフリー、若年労働運動、ゼロアカ道場その他)について、批判も称賛も含めて、思うところを率直に述べました。他にも柄谷行人浅田彰山城むつみ立岩真也大澤真幸、郡司ペギオ幸夫、吉原直毅の各氏に言及しつつ、いま、真に刺激的な思考はどこにあるのか徹底的に話しました。言及された膨大な固有名とトピックの一部は裏表紙に列挙しました。はっきり言って「ロスジェネ」の社会的文脈は完全に無視して自分のやりたいことだけをやりました。この辺に興味がある人は誌名に躓かずに読んでほしい。

それから一年半かけて書いた長編批評が、発売中の「新潮」4月号に掲載されています。「批評と殺生──北大路魯山人」。これは現時点の僕のベストです。臨界で書いたため十分に定式化できていない感覚もありますが、それも含めて、これまでのような「決着を着けた」というのとは違う、新しい領域に触れた手応えがある。直観的に「宮澤賢治の暴力」の元になった「よだかの星と修羅」という文章を書いたときの感触に近い。この感覚を試す過程で現実的な関係も変わってくるのかもしれません。なお、この批評文で僕の仕事に興味をもった方は、時間があれば「宮澤賢治の暴力」(「新潮」2007年11月号)と「柄谷行人論」(「新潮」2008年11月号)を図書館で借りるなどして読んでみてください。それらを読むことで杉田さんとの対話がいっそう楽しめると思います。

さらに期せずして今月の「すばる」には杉田さんの「ロスジェネ芸術論」も一年半ぶりに掲載されました。「ロスジェネ」4号では両者の作品に対する相互批評も厳しく交わされました。この対談は、過去の記憶、我々が現在もっとも注目すべきと考える議論、この目で見ながら関わってきた運動や若者文化その他、語れる限りのすべてを出し切ったものとなっています。ブックデザインも「普通じゃない」感じで完全に満足しています。もう思い残すことはありません。いや、本音を言えば、二十代の初めからいまに至るまでの様々な場面が流星のように到来して、悲しい。それが自分のなかで本当に終わってしまったことが。それでも僕は新しく在りたい。ここが到達点であり出発点です。

追記※現在新潮社には上記の「新潮」のバックナンバーの在庫がないそうです。連絡を受けて記述を一部変更しました。

思想地図と悍

 今回の「思想地図」4号はすごい。というか東浩紀がすごい。閉じられていきそうになる議論を開く力というのか。これは「批評空間」の読者だった人間にはひどく懐かしい感覚だった。それを古いとは思わない。むしろ周囲の「若者」を圧倒する新しさがある。正直、僕には「朝生」等で展開されたアーキテクチャを巡る議論よりも、東さんの思考形式こそが気になる。そっちの方が複雑でおもしろい。今でも東さんの「想像界と動物的通路――形式化のデリダ的諸問題」という論文を思いついては読み返す。そこで論じられている「動物」と、後の『動物化するポストモダン』の「動物」は、たぶん違う。前者の「動物」は、象徴界の弱体化から想像力(データベース)の拡充へという、それ自体が人間中心的な後者の動物概念からずれるものだったように思う(デリダ的「動物」とコジェーブ的「動物」の差異)。同じことは『存在論的、郵便的』の「郵便空間」にも言えて、あの本で示された「誤配」と、その後東さんが実践した「誤配」にもたぶんずれがある。ただ、中沢新一との鼎談でガタリに触れての「この方向で行くと頭がおかしくなるんじゃないかと思って、僕はあの手の探究はやめてしまったところがある」という言葉や、村上隆との鼎談で「僕が思想で行いたい本当に本当のところは日本で育たないのではないか」という言葉を読むと何も言えなくなる。自分がそういう読者足り得ていたかと考える。形式化の果てに詩的言語に行ったハイデガーを、デリダは動物の位相から脱構築するわけだが、そこには「頭がおかしくなる」ような何かがあるだろう。けれども人をそこに促す思想的・社会的・現実的条件もあるだろう。そういう変なものについて考えたいと思う。僕はロスジェネ派とか実存派とか言われていて、それは別にいいんだけど、そういう人間が、東さんのそういう部分にこだわっているということは書いておきたい。レッテルを貼って安心したがる者たちにではなく、むしろ「ロスジェネ」や「フリーターズフリー」の読者たちに向けて。

 それから「悍」について。この雑誌も初期の「新左翼オヤジ雑誌」的なイメージがずいぶん壊れてきた。元々そうだったのかもしれないけど(3号しか読んでないので)、太田直里の文章などは完全に異物。おもしろい。正確には、おもしろいことが起こり得る、そんな印象を持った。とくに小野俊彦に期待している。小野さんは『フリーター論争2.0』や「蟹光線祭」などで旧知の間柄だが、批判的であることと知性的であることが共存してて、話してて楽しい。文体は硬質というか、読みにくいけど、読みにくいことが閉じられていることではない。むしろ読みやすい文章こそ閉じられていることが多いから。小野さんの感覚は現実に開かれている。この感覚はたぶん十分には認知されていない。小野さん自身も展開し切れていないように思う。たとえば小野さんはブログでの太田さんとのやりとりで、政治と演劇との近親性について書いている。たしか、ギリシャのポリスでは、政治と共に演劇があり、それが国家を形成したはずだ。ならばこの演劇=表象=再現前化をどう脱構築できるのか。すべてが演劇だとしたら、意識的に演技する=内省とは演劇の批判であり、それは、観客と役者、理念と表出、素顔と仮面、内部と外部といった対立を包み込む小屋=国家への批判になるのか。僕たちの日常こそが演劇であり、それを「引き剥がす」ためにこそ「演劇」が必要になるという感覚は、「何か変なこと」。でもそれは、資本制との衝突を避けるとき、容易に小さな国家に転化するだろう。前に小野さんは「国家を形成しない言語」ということを言ってたけど、では「国家を形成しない演劇」とはどんなものか。デリダの「フロイトエクリチュールの舞台」なんかも参考になるかな。ただ、このような空間の再編と小空間化それ自体が、僕は資本によって強いられていると感じている。とにかく、おそろしく退屈な共同討議をやっている暇があるなら(佐々木中だけがまとも)、今後の「悍」は小野さんや佐々木さんを中心に展開していくべきだ。

 ようするに、問題は、閉じられていく思考をいかに開くか。東さんの開き方とも、小野さんの開き方とも違う、開き方。生き方。僕は内省を手放せない。自己に閉じる内省──正確には開かれているように見えて資本制的・否定神学的に閉じられている内省──それ自体を開き直す「内省」がある。それは東さんにも小野さんにも作動しているはず。都合のいい自己反省や自己否定で退けられない他者がいる。その位相から見ないと郵便空間も政治空間も、それ自体が閉じられたものになってしまう。でも、彼らを刺激し得る議論と現実を示せるかは、自分(と自分が関わっている空間)の問題。とにかく、メディア的なアングルがどうであっても、僕はいろいろな人が活躍している状況から何かを学び、楽しみたいと思っている。だから、もし「フリーターズフリー」や「ロスジェネ」の読者が、自分の圏外の論者を低いところで叩いたり食わず嫌っているとすれば、それは違うと言いたい。

追記:この文章は3週間ほど前に書きあげて寝かせていたのだが、「ロスジェネ」4号の告知文を書き、いちおう自分の姿勢を示したということもあって(「他人を論評をする前に自分のことをやる」が僕の原則)、載せることにしました。さらに自分のことで言えば、一年以上かけて書いてきた原稿が最終段階に入っている。これについてはまた後ほど書きます。

朗報三つ

この短期間に僕にとって喜ばしい本が3冊刊行されます。

まず「ロスジェネ」の浅尾大輔さんの初単著『ブルーシート』。これは本当に嬉しい。浅尾さんは自分の言論や活動が社会的な関心とクロスする日が来るとは思っていなかったのです。それでも、目の前にいる雇用や労働に苦しむ人に向き合い続けた。向き合えば向き合うほど、小説を書けなくなっていった。現実があまりにすごすぎると。そうやって酷使したせいで、浅尾さんの肺はもう半分しか機能していない。そういう人が、自らの本を世に問う気になったことは、それを促した世界の深刻さはあっても、やはり喜ばしいことです。それからこの機会に、実存系だの何だのと下らぬレッテルを張ってきた、にわか学者たちに言っておく。あなたたちの商売がこういう人たちの活動の上に許されていることを深く自覚し、全身全霊をかけて「具体的な政策提言」とやらを実行しなさい。あなたたちの単純すぎる議論には何も期待していないが、せめて、他者を好き勝手に罵倒してきたけじめを自分の体で取りなさい。今なら政治情勢的に不可能ではないはずだ。

次に、山城むつみさんの『文学のプログラム』が講談社文芸文庫に収録されます。明日(1日)の産経新聞朝刊にこの本の書評を書きました。自分にとって大切な本というテーマだったので、このタイミングの不思議を感じながら、迷わず選びました。僕は文章を書く上で無数の人たちに恩恵と影響を受けていますが、批評という意味では、山城さんの影響がもっとも大きいと思います。たぶんこの本を読まなければ、批評を書こうと思わなかった。かつても今も、小説こそが文章表現の極限形式であるという確信は揺らぎませんが、現代において、山城さんの批評を凌駕する小説があるだろうか、とも思います。つまり評論として読んでいない。実際、読感も、いわゆる評論文とは違います。そのように突き刺さった彼の思考は、爾来十余年、薄れるどころかますます強まっています。講談社文芸文庫は日本文学の本流というイメージがあり、そこに山城さんの本が収まるのは本当に嬉しい。

最後に、すでに先日刊行された、生田武志さんの『貧困を考えよう』。この本は1999年の池袋通り魔事件の犯人造田博と、麒麟の田村裕という二人の「ひろし」が、ともにほぼ同時期に親に放置されながらも、前者は犯罪者として死刑に、後者は芸人として成功したという悲しい対照から議論を進めていきます。とくに造田博の死刑が確定した年が『ホームレス中学生』の大ヒットと重なる対照が痛切でした。僕自身、池袋通り魔事件についてはずっと考えていました。それは生田さんのような向き合い方とは違うのですが、この本には、生田さんの活動のエッセンスが込められていると思います。子どもの貧困を考える上でも必読です。

こうして並べたとき、メディアのメインストリームから離れたところで、地道に実践や思考を重ねてきた人の仕事の貴重さを思います。メディアを賑わせている議論のすべてが、何か根本的な問題を見ないための逃避のように思える。もちろん自分自身がとくに昨年はその渦中にいた。ただ、僕は「フリーターズフリー」にしても「ロスジェネ」にしても、資本制を変えるという前提でやっているので、現在のような格差論に落とし込まれた「若者論」には、はっきり言って何の興味も持てない。もともと弱者救済のつもりもなかったし、それは最初から明記している。考えたいから考えているだけです。読まずに好き勝手言う人も後を絶たないけど、そういう場末の終わってる人もどうでもいい。いかに自分自身の長い仕事をやり抜けるかだけが大切です。この三冊の本は、そのような仕事が社会に存在し得ると示した事実性において、決定的な意義がある。無理に場を盛り上げたり、空気を読んだりしなくても、自分のモチーフを貫くことが社会につながるというビジョンこそが本当の希望ではないか。一瞬で消費されるネタの提供者になるのではなく(ただしそのような生き方を本気で試みる人を馬鹿にしません)、やはり、数十年単位で読者に考え続けてもらえるような仕事をしたい、と心から思わされました。