大澤信亮

批評家・日本映画大学准教授

感謝

『神的批評』の刊行からほぼ一ヵ月経ちました。ネットで言及してくれた方々、言及せずともいち早く購入してくれた方々、それから、この本を売ろうと尽力して頂いた書店員の方々のおかげで、刊行一週間で増刷という好スタートが切れました。心より感謝いたします。

そして今月からは新聞や雑誌などでの言及が増えてくるようです。まずは本日発売の主要文芸四誌(「新潮」「文學界」「群像」「すばる」)すべてに書評が掲載されています。「新潮」は山城むつみ氏、「文學界」は高澤秀次氏、「群像」は武田将明氏、「すばる」は杉田俊介氏。なお「文學界」では安藤礼二氏の新連載でも触れられています。ぜひすべて読んでほしい。そして「批評ゲーム」が終わる瞬間に立ち会ってほしい。とくに山城氏は7年越しの『ドストエフスキー』を刊行されたばかりです(凄まじい本です。いずれ何か書かせて頂きます。さしあたって言えば、佐々木中氏が『切りとれ、あの祈る手を』で提唱している「ただ読むことそれ自体の革命」を実際に実行するとどうなるかを体現した本です)。僕がずっと目標にしてきた氏に書評を(しかも破格の書評を。こんな書評を僕は読んだことがありません)書いて頂けたことを大変光栄に思います。

他には僕の知る限り、小嵐九八郎氏(「週刊現代」12月4日号、「図書新聞」2994号)、池田雄一氏(「共同通信」)、加藤陽子氏(「毎日新聞」12月5日)、佐々木敦氏(「東京新聞」12月5日)、武田徹氏(「中央公論」1月号)、中島岳志氏(「朝日新聞」12月12日)が言及してくれています。厚くお礼申し上げます。

僕自身はこの半年間ずっと論争的な原稿を書いていました。掲載されるかどうかわからない必死の原稿です。それに色々な人に恩を仇で返すことになるのかもしれない。しかし、個別の仕事はともかく、ジャーナリズムとしての活気を失い、すでに死に体となった批評を復活させるために、どうしても闘争感覚を呼び覚ましたかった。これは「ロスジェネ」4号での杉田氏との対談(未読の方は必読。ある意味で『神的批評』を超えている箇所も多々ありますし、僕のどうしようもなさも発揮されています)を、より困難な場所で一人でやるという挑戦です。僕は何をやってもいい自由が文学の条件だと思っている。それは『神的批評』のような仕事とも矛盾しない。だから何年沈黙してもいい。書きまくってもいい。延々と長い対話を続けても、短いつぶやきで気持ちを吐露しても、売るために必死になっても、軽口や悪口を言ってもいい。そして真剣に怒ってもいい。