大澤信亮

批評家・日本映画大学准教授

今月の仕事

今月は「文學界」に「復活の批評」(100枚)を、「atプラス」に「いかに神の力を発動させるか──「『世界史の構造』を読む」を読む」(30枚)を掲載します。いずれも論争的な性質の文章です。僕はかつてある人と「論争の問題を考え続ける」と約束しました。だからずっとこの機会を狙っていました。しかし、論争において何よりも重要なことは、「どこでやるか」ということです。いくらでも好きに書けるネット上や、論争対象と敵対的な雑誌や同人誌で書くのではなく、力関係の絡み合う「アウェー」で行わなければ意味がない(これもその人に教えられたことです)。なぜなら論争とは、たんに言葉の正否を争うだけではなく、存在そのものをぶつけることだからです。たとえば空間を荒らす論争的な文章を文芸誌に載せるには何重もの困難があります。先行者には並々ならぬ努力で築いてきた実績や関係があり、媒体は、その貴重な関係を失うことにもなりかねないからです。だから、僕はまず、揺るがぬ単著を持つ必要を感じました。自分の存在に自立的な価値があることを証明しなければならないと思った。その上で、どうしてもおかしいと思うこと、それを問わないことは自分自身の言葉を裏切っていくと感じること、それを放置していては自分の仕事が十全に展開できないこと、それらに対しては勇気をもって対峙しなければならないと思った。ほのめかしやレッテルや矮小化ではなく、堂々と戦うべきだと思った。もちろん単なる言いっ放しではない。そこにある可能性や論点を認めていなければそもそも論ずるに足らない。だから「批判のための批判」にはなっていないはずです。それでも進行はすんなりとは進まなかった。でもそれも含めてこの半年間は本当に手応えがあった。掲載を決断してくれた「文學界」と「atプラス」に心から感謝します。

その他の近況ですが、池田晶子記念の「わたくし、つまりnobody賞」という賞を受賞しました。すでにプレスリリースされているように賞金は寄付することにしました。その思うところは受賞スピーチで語ろうと思います。それから「毎日新聞」2月2日夕刊に僕の紹介記事が掲載されました。この記事も新聞的によく通ったなと思います。いや、通ったのではなく、きっと「通して」くれたのでしょう。記者の鈴木英生氏に感謝。