大澤信亮

批評家・日本映画大学准教授

近況

 ご無沙汰です。この間コロナ下でせっせと仕事しています。今月はこんな感じ。「小林秀雄」第69回(「新潮」11月号)、「新潮新人賞選評」(同)、「非人間」最終回(「群像」12月号予定)、「古層探偵」第5回(「武蔵野樹林」5号)。大学の仕事。

 旅行も温泉も食事も行けなくなってしまって、糖尿病の猫に毎日インスリン注射を打ちながら、ほとんど誰とも話すことなく、月に百枚とか原稿書いて、もっときつい人がいくらでもいるのもわかっているし、仕事があるのは本当にありがたいんだけど、

「ぼくはぜんぜんなにもしたくない。ぼくは馬に乗りたくない──これは激しすぎる運動である。ぼくは歩きたくない──これは骨がおれすぎる。ぼくは身を横たえたくない。なぜなら、ぼくは横たわったままでいるか──これはいやだ──、それともふたたびおき上がらなくてはならない──これもいやだ──からである。けっきょくのところ、ぼくはぜんぜんなにもしたくない」(キルケゴール『あれか、これか』浅井真男訳)

 朝から一日中この本を読んでいた。正確には眺めていた。『あれか、これか』は11ヶ月で書き上げられたという。著作集で上下それぞれ2冊ずつ、つまり単行本で4冊分。信じられない速さだ。それだけレギーネとのことが大きかったのだろう。『死に至る病』その他のキルケゴールの問題意識は、全部この最初の本にあるのだと改めて思った。その内的なつながりは本当のところはわからなかったけれど、「正しくない──これ以上に苦痛な感情が考えられるだろうか?」、この「苦痛な感情」を妥協なく促し励ますものとしてキルケゴールにはキリスト教があったのだなということだけはわかった。

 コロナの次は何だろう。富士山噴火とか、戦争とか、異星人の襲来とか。十年前は地震原発で、その十年前は就職氷河期で、それはまあ大変だったけど、今はもう運動自体がないし(あるのか?)、箱根の対星館もないし、霧ヶ峰のウシもいない。

 でもさ、頑張ろうよ、頑張ろうぜ!