大澤信亮

批評家・日本映画大学准教授

近況

ご無沙汰してます。

コロナは大丈夫でしょうか。僕は2回目のワクチン接種で熱が出たくらいです。

今月の仕事はこんな感じです。「小林秀雄」第79回(「新潮」11月号)、「新潮新人賞選評」(同)、「古層探偵」第8回(「武蔵野樹林」8号)。「すばるクリティーク賞」の一次選考。年内に刊行予定の『非人間』のゲラ直し。飯田博久さんの書いている小説の編集(とそれに関する手紙のやりとり)。あと大学の仕事。

今の社会について考えていると、昭和維新が自然に思い浮かぶ。この期に及んで私利私欲を貪る為政者や権力者は、かつてなら国賊として天誅を加えられたはずで、本当はもうそれしかないのかもしれない。もはや「正しい批判」でどうこうできる段階とは思えない。このような暴力の感触を失うこと自体、大局で暴力に加担することでもある。

でも僕は暴力は認めたくない。殺すことと紙一重の生かす言葉を求めたい。

その意味で、オウム真理教事件やその後の無差別殺人事件には、今なお考えるべき何かがあると思っている。あのあたりで社会批判としての暴力が骨抜きにされた。それと同時に暴力批判も社会的に骨抜きにされた。その結果、一見すると個々の責任や偶然に見える死が野放しになり、それが現在のコロナ下における死者に直結しているように思える。コロナで亡くなった人のみならず、すでに生活困窮者(とくに女性)の自殺は増加していて、今後、生活が立ち行かなくなった人の自殺はさらに増えるだろう。その現実の前で僕は文化的おしゃべりを続けたくない。だからずっと黙っている。けれども、君が最後まで期待してくれた仕事については、ちゃんとやろうと思っている。