大澤信亮

批評家・日本映画大学准教授

文学フリマ&デモの感想

5月10日の文学フリマに「葬&ロスジェネ&フリーターズフリー」として参加します。それにしても字面がヤバいね。僕は(たぶん)ここだけでしか手に入らないレアアイテムを若干数販売する予定。

今回の自由と生存のメーデーで気になったこと。

1.出発して間もなくのところで警察と意味不明に揉めた(その後何事もなく続行。何だったのか)。
2.109前あたりで右翼が突っ込んできた(警察がガードしてくれた。どうもです)。
3.デモの先頭を社民党が位置取っていた(出しゃばり。主催の若者に花持たせろよ)。

久しぶりに会った友人たちと話しながら、そろそろ次の局面を考える必要が出てきたと思った。復刊された「朝日ジャーナル」は、我々の関わってきた活動の上澄みを掬う一方、自らの姿勢は何一つ問わない相変わらずの編集姿勢で、徹底的にダメだと思った。やるなら本気でやれよ。これは旧来の運動形態を何一つ自問せず、現在の運動に便乗してくる者たちにも言える(これは社民じゃないけど、べつに右翼の挑発に乗る必要なんかなかった。闘うのが好きなだけなら、自分の肉体一つで個人的にやり合えばいい。「超左翼」の浅尾大輔さんなら、そういう右翼といかに手をつなげるかを本気で考えるだろう)。それから「生存組合」ということで呉越同舟的にやってきた独立系組合も、労働法による闘争だけでなく、むしろ組合という原理自体を開き直す必要を強いられている気がする。正社員/良いフリーター/悪いフリーター/派遣/メンヘル/障害者/ニート/……といったグラデーションを貫く「生きること」の核は、たぶん、言論だけでないすべてを使った生身の「議論」によってしか諸個人のなかに覚醒しない。