大澤信亮

批評家・日本映画大学教授

今日の選挙に思うこと

何をどう考えればよいのだろう。世間では高市首相は大変人気があるそうだが、私にはさっぱりわからない。演説動画を眺め見ても、「強い日本」とか「豊かな日本」といった漠然とした物言いしかなく、報道されるような「はっきり言う人」という感じがまったくしない。「逃げない」とか「戦う」と言うのだが、何から逃げないのだろうか、何と戦うのだろうか。具体的に何のことを言っているのか全然わからない。演説にも覇気が感じられない。暗く陰気な感じがする。いつも表情が硬く強ばっている。

自民党のホームページを見てみると、5つの「政権公約」が掲げられているが、いずれも一般に(保守)政治家が言いそうなことであり、独自性も具体性も感じられない(飲食品の2年間の消費税の免除は円安を加速させて日本経済を悪化させるだろう)。5の憲法改正の「断行」もわからない。「自衛隊の明記」とはなんだろうか。「戦力・武力ではない」と明記するのか。「戦力・武力である」と明記するのか。後者なら9条の武力放棄を撤廃することになるだろうが、それについては何も書かれていない。自民党の従来の改憲案は前者のようだ。これもよくわからない。普通に考えれば、自衛隊を軍隊に改組したうえで、その戦力・武力をどう管理するかという議論に進むはずだが、そういうことを「はっきり」とは言わない。「やられたらやりかえす」ための力は武力でも戦力でもないらしい。被害者の振るう反撃は戦力でも武力でもないと。転じて被害を受けそうな者が加害を振るいそうな者を抑止する力も戦力でも武力でもないのだろう。そこらじゅうに蔓延している際限ない被害者意識と同じだ。それを国家の根本である憲法に密かに書き込もうとしている。「はっきり言う」態度とはまったく思えない。

だがむしろ、そういう曖昧で空疎な言葉こそが、支持されているように思える。

ほかに何が支持されているのかと考えると、初めての女性の総理だからということはあるかもしれない。女性の意識や感性を政治に反映させられるということではない。たんに初めてのことだから、やらせてみたらおもしろいのではないか、というくらいの。女性であるがゆえの叩かれにくさもあるだろう(「おっさん」はいくらでも叩いたり揶揄したりしていいが、女性をそのレベルで叩くと差別主義者になってしまう)。

あとはさんざん言われている旧安倍派ということか。だが安倍政権の支持もよくわからなかった。30年近くかけて先進国のなかで日本を「一人負け」させた経済政策、裏金や癒着などの政治の私物化による政治不信の蔓延など、継承より批判的に検証するべきことが多過ぎる。ただ、本人自身には何もないのに、岸信介佐藤栄作といった親族を継承するという構図と地盤が利いたというのは、高市氏にも言えるように思える。

マルクスの『ルイ・ボナパルトブリュメール18日』を思い出した。

1848年2月のフランス二月革命は、労働者主権の性質を持つ議会制民主主義(第二共和制)を誕生させたが、革命政府内で都市労働者と農業労働者が対立するなか、同年12月に行われた大統領選挙で、ナポレオン1世の甥のルイ・ボナパルトが74パーセントの得票で大統領に選出される。ルイには政治家としての実績がほぼなく、ナポレオンの甥という知名度、潤沢な政治資金、保守派の消極的な支持によって大統領になれたとされるが、大統領となったルイは、その2年後の1851年12月にクーデターを起こして議会を停止し、その一ヶ月後(翌52年1月)に憲法を改正する(大統領の独裁を強めた)。さらに同年12月に行った国民投票により自ら皇帝に即位する。それから18年間ものあいだ、普仏戦争(1870-1871)でフランスがプロイセンに敗北するまで、ルイはフランス第二帝政の皇帝として在位し続けることになる。

マルクスはルイ・ボナパルトという実質を欠いた何者でもない人物が、ナポレオンという英雄の甥であるというだけで大統領になってしまい、さらにクーデターまで成功させてしまう「構造」を、「1度目は偉大な悲劇として、2度目は惨めな笑劇として」と揶揄的に分析した。しかし、これをマルクスが書いた時点(1852)では、ルイは皇帝にはなっておらず、さらにそれから20年近くもルイは皇帝であり続けたのだ。それを終わらせたのは、国民の自主的な民主化闘争ではなく、戦争(の敗北)だったのだ。

現時点で高市首相がルイのような独裁者になるとは思えない。ただ、2021年には月刊誌「Hanada」(10月号)のインタビューで、現在の自民党改憲案を批判して、自衛隊を「防衛軍」に改組し、「戦力」として認めて交戦権を復活させるという憲法改正案を語っていたという(「東京新聞」2021年8月26日)。これは現在連立を組む維新も同案のようだ(「朝日新聞」2025年11月27日)。すると今回の選挙の結果次第では(自民と維新で310議席を超えた場合。超えるという予想が各社から出ている)、「自衛隊を明記」というレベルではなく、上記のような憲法改正へと一挙に事態が進む可能性がある。そのことを高市支持者はわかっているのか。

高市首相はそういうことをまったく「はっきり言って」いない。公言すると支持率が下がると思っているからだろう。自民党内部も割れるかもしれない。だがこれは総理にあるまじき卑劣なやり口だと思う。信念なら堂々と言えばいい。こんな騙し討ちみたいなやり方で、いつの間にか憲法が改正されてしまうのは、まったく許しがたいことだ。

自民議員が「国民のみなさんに血を流していただく」と言って「弁明」していたが、血を流すのは「国民のみなさん」で「自分」ではないという本音が透けて見える。そこにはこの30年でどれだけの血のみならず命が流されたのかという認識もない。

しかし、こんな状況下だからこそ、手に入れられるものもあるだろう。そんな思いで私はいつものとおり、浅尾大輔さんのいる共産党に、期日前投票をしてきた。

外では雪が降り積もっている。みなさん足元にお気をつけて。

新潮新人賞のこと

先日、第57回新潮新人賞の選考会がありました。結果は本誌をお読みください。

2009年に新潮新人賞の下読みをはじめ、それから各文芸誌の新人賞の下読みを引き受け、2017年に本賞の選考委員に就任するまでの7年間、最初は150本、のちには年間300本を超える応募作を読んできました。選考委員は都合9年務めたので、計16年間、純文学の小説の新人賞に関わってきたことになります。しかし、少なくとも意識としては、16年で自分は何も変わった感じがなく、というか16年という時間が経ったとはまるで思えず、夢を見ていたような感じで、では何十年時間を重ねたとしても、死ぬときもそうなのかと思うと、意識というものの空恐ろしさを感じます。

下読みをしていた頃のことを思うと、僕が上げて最終まで残って、残念ながら落選した人のことがずっと気にかかっています。作品名は言いませんが、その年の受賞者がその後、作品を発表していなかったりすると、あの人が取るべきだったのに、と思う方が何人かいます。僕自身、新潮新人賞の評論部門を受賞したときのもうひとりの候補者の方のことはずっと考えていて、僕の感傷など関係なく、すでに立派な仕事を成されておりますけれども、僕のほうで勝手に、斃れるわけにはいかないと思っているのです。もちろん文学は自由なものですから、そんな感情に縛られる必要はないとは思いつつも、この間の受賞者の方々には、なんとか書き続けていただくよう願っています。

 

いつの間にか僕も歳をとり、来年は50になります。50歳なんてまだまだとは言うけれど、息ができるなんて奇跡だぜと呟きながらの30年間で、昨年は本当に呼吸器がやばい感じになり、タバコもやめました(お陰でずいぶん体調はよくなりました)。生活的にも職務的にも黄昏ているわけにはいかないのですが、かつて1泊2万円くらいだった気に入っていた温泉宿が、買収されて1泊数十万の宿になっていたりすると、それほど価値のあるものを経験できたことを感謝するべきなのか。食事にしてもそういう感じで、かつて食べていたようなものは、もう手が届かない。中世の農民は、米と味噌汁と漬物とたまに煮物くらいで、魚も肉も食べずに一生を終えたらしいけれど。漬物というのは何か可能性を感じる。以前、諏訪の守屋山に登ったあと、上諏訪鰻屋で食べた漬物が、衝撃的に旨かったことを思い出します。あれは何か突き抜けて復活させられるようだった。塩ってすごいな。「誰もが火によって塩づけされねばならない。塩は良いものである。だがもしも塩が無塩になったら、それを何によって味つけられよう。あなた方自身の中に塩を持ち、互いに平和でありなさい」(「マルコ福音書田川建三訳)。

今日の選挙に思うこと

選挙のときには原則として、浅尾大輔さんが所属活動している、日本共産党に投票している。浅尾さんは、私がいままで出会った人たちのなかで、もっとも人間的に信頼している人だ。かつて柳田國男が、「中野重治君のいる共産党に投票する」と言ったが、そういう気持ちである。状況によっては(国政や地方行政における与党に緊張を与え得る人物が現れた場合など)、共産党以外の候補者に投票することもないではないが、だいたいは共産党に入れている。保守的な投票行動であるが、それでいいと思っている。もともと私は多数決による代表制という政治体制に違和感がある。他人に自分の意志を代行してもらうというのが嫌だ、それなら自分が立候補するべきだという基本的な感覚があるし、どんなに接戦であっても、敗れた側の意見は無視されるというのもおかしな制度だと思う。いっそトータルな政策の決定はAIに任せて、それを運用する者としての国民の代表者を、権力が固定しないようにくじ引きで決めればいいと思っている。

そんなふうだから、選挙に積極的な情熱を向けることはないのだが、今回、いつものようにだらだらとYouTubeを見ていたら、やたらと話題になっている政党があった。それで演説動画を見て思うところがあった。参政党代表の神谷宗幣氏のことである。

まず、たいへん演説がうまいと思った。既成政党のほとんどの政治家たちが、政治家文体というのか政治家話体というのか、判で押したようないかにも政治家的な語り口なのに対し、神谷氏は「自分の言葉」で「本音」を話しているように感じられた。基本的にはマイルドで、ユーモアもあり、発言の合間に「ね」と共感を誘いながら、ときに激情に駆られたように叫ぶ。かつてのれいわ新選組山本太郎氏のような、挑戦者に特有の生き生きとした表情があって、とくに自民党公明党への批判的怒号は、胸に迫るものがあった。「行き過ぎた外国人優遇を是正せよ」という主張も、「行き過ぎた」に力点が置かれているかぎりは、そう感じさせる状況が日本社会にあるだろうとは思った。

ただ、全体として被害者意識にまみれていること、演説の要所で「左翼」への揶揄と罵倒が入ってくるのが気になった。後者は私にはよくわからない。ただ、「左派」のなかには(も)、自身の正しさを疑わず、他者を責め立てる資格が自分にあると信じ込んでいる者がいるのは確かであって、「右派」として活動している人たちには、その悪質さが露骨に自分に向けられているということなのかもしれない。世間的には、左翼(パヨク?)と言えば反日の正義かぶれというイメージなのかもしれないが、たとえば現在の日本共産党は基本的にナショナリズム(愛国左翼)だと思うし、人権を否定しないという根本にお互いが立つならば、攻撃の応酬とは違う議論ができるように思う。

そこで気になるのは前者の「被害者意識」である。「被害者である」という立場がなぜこんなにも社会に台頭するようになったのか。だが考えてみれば、かつての「ロスジェネ」運動のインパクトは、「生きさせろ!」(雨宮処凛)、「希望は、戦争」(赤木智弘)、「僕たちは、もっと怒っていい」(杉田俊介)といった被害者意識にあった。それが「自己責任」を強いる社会に対抗する感覚をもたらしたことはたしかである。しかし、杉田さんがどこかで言っていたと思うが、被害感覚と被害者意識は違う。被害を受けていると感じることは、べつの被害を受けている者の感覚を理解させ、同時に、自らの加害感覚も生じさせる(体罰を被害と感じなかった者(感じてはいけないと強いられた者)は、他人に体罰を振るうことを加害と感じない)。しかし、被害者意識に染まってしまうと、それは「意識」であるがゆえにどこまでも「自意識」として延長されていき、際限がなくなる。その自意識を乱す者はすべて「敵」ということになる。

「参政党は排外主義である」という批判が各メディアやネット上で言われている。「都民ファースト」をもじった「日本人ファースト」というスローガンも叩かれている。発達障害や性的多様性を否定する演説もあったという。スピリチュアリズムだという揶揄もある。それらの批判の「ファクト」をチェックしようとすると、参政党の動画を見ることになり、そこではたとえば、「発達障害の存在を否定したのは2年前のことで、そこではある学説をもとにそう言ったが、それには根拠がないことがわかったので、もうそういうことは言っていない。この件では神谷代表に処分されている」と、対応済みということになっている。それをいまさら持ち出してメディアが自分たちを必死に批判するのは、参政党の躍進が彼らにとって都合が悪いからだ、とも言いたげだ。

そのように参政党の選挙演説の動画を見ていると、神谷氏よりも候補者たちのほうが露骨である印象を受けた。太田光氏との対談で神谷氏は「自分の意見ではなく党員たちの意見をまとめている」と言っていた。その語り口もマイルドだった。自意識を乱す者に激昂する光景は見ていない。私が知らないだけかもしれないが、批判や疑問を述べられると、笑顔で訂正するという場面がよくあるように思う。そういう弁解で自意識を守ったあとに、その屈辱が被害者意識へと変わり、「仮想敵」を生み出すのか。自分たちが正しいからこそ「敵」は自分たちを叩くのだとも言っていたと思う。かつて選挙に敗北したあとのオウム真理教が、「自分たちを攻撃してくる者がいる」と教団施設で集団生活をしていたことを思い出す。参政党はカルトだと言いたいのではない。参政党と神谷氏を叩く人たちのなかには、彼らよりも老獪で、打算的で、悪質と私が感じる人たちもたくさんいて、何をどう考えればいいのかわからなくなってくるのである。

いずれにせよ、私は、参政党の政策や政治的主張(の背景)をチェックすることで批判するという情熱を持てない。そういう地道な作業を無意味と言うのではないが、その作業を行う者自身のなかにもあるかもしれない、被害者意識が気になるのである。つまり私たちは、被害感覚と被害者意識の違いを自覚し、前者の後者への転落とその全面化を批評する物質的条件の獲得を模索してこなかったのではないか、ということだ。それは本当に困難な道であるとは思う。人類にはなぜか、自分を悪と認めず正当化しようとする性質、あるいは、言葉だけでは自分は悪だと嘯きながら、そういう自分の正しさを確保しようとする性質、すなわち、カントの言う「純粋理性すら台無しにする、人類のなかの腐った汚点」としての「根本悪」が、悲しいくらい根深く巣食っている。それを除去することは人間をほとんどやめることなのかもしれない。カントはそれを「たんなる理性の限界内における宗教」としての「純粋理性宗教」に求めたのだったが。

 

私はいま、自民党公明党の腐敗した連立与党政権が、若年労働運動とはべつの文脈から来たテロリストとしての山上徹也氏と、草の根から人々の声を束ねあげたマイルドなファシストとしての神谷宗幣氏という、私と同世代の二人の「ロスジェネ」によって崩壊させられつつあることに、言いようのない悲しみと痛みを感じている。責任ということでもある。私は誰に投票しろとか、誰に投票するなとか、言いたくない。ただ、神谷氏たちが「敵」と呼ぶ政党に今回も投票してきたという報告を、ここでするだけである。

近況

本日発売の「新潮」12月号に福田和也さんの追悼批評を書きました。「小林秀雄」の連載は112回になりました。劇作家の岸田國士の最期について。お読みください。

来週は大学のゲスト講義で批評家の川口好美さんに来ていただきます。川口さんの『不幸と共存』は素晴らしい本です。初対面なのでお会いできるのが楽しみです。

夏の終わりにとても悲しいことがあり、そのことを思うと、ここに何かを書く気になれませんでした。エレカシの「悲しみの果て」を聴いたりしています。

近況

 今月で「新潮」の「小林秀雄」の連載は百回になります。

 当初の予定では、小林の代表的な著作を数ヶ月に一回、ないしは不定期に論じて、数年で連載を終えるつもりでした。しかしなぜかそうはならなかった。我ながら不思議です。

 不思議と言えば、百回も書いたという感じがしないのも、やはり不思議です。

 連載の開始は2013年で、あれから十年経ち、色々なことがあり、「思えば遠く来たもんだ」(中原中也「頑是ない歌」)という感じもあるのですが、「10年たって彼らはまた何故ここにいるのか」(福満しげゆき)という感じもするのです。

 書くとか、考えるとか、記憶とか、意識とか、そういったものはおおよそ、物理空間の出来事ではないのかもしれません。ここがどこなのかよくわかりませんが、日々の営みのなかで、そんな様々なことを無限回も繰り返すことは、狂おしくもあり、愛おしくもあり、生きるということは謎であるという感慨を、ますます禁じえません。

近況

先日、一緒に暮らしていた猫が急死した。十一歳だった。朝は元気だったのに、帰ってきたら目を見開いたまま固くなっていた。体はまだ少し温かった。

最後の二年半は糖尿病になっていて、そのほとんどをずっとふたり(一人と一匹)で過ごしていた。一時は歩行困難なまでに悪化し、血糖値がかなり上がり、目を覚ましたら死んでいるのではないかという不安な日々が何ヶ月も続いた。かかりつけの病院に何度も通い、その先生に紹介してもらった動物の糖尿病の専門医の先生のところにも通った。体質に合うインスリン薬、その量の調整などが決まるまで、半年ほどかかったと思う。大好きだった食事も、かわいそうだがロイヤルカナンの糖コントロールに変えた。

毎日の朝と夜の注射。トレシーバのペンフィルに、ロードーズの注射針をさして、ピストンを引いて薬を吸い、首の後ろを指先でつまみあげ、針をさす。アルファトラック2という、猫用の血糖値を測定する機械があって、耳の血管に針をさし、血を出させて、素早く装着したテスター用紙で血糖値を測る。血糖値というものは、下がると反動で逆に上がるので、高血糖だからといって多く投与すると、一気に下がったあと、逆に跳ね上がってしまう。その値を調べるため、四時間に一度くらい同じことを、どれだけ続けたか。こちらが眠ってしまうとまずいので、目覚ましをかけるが、心配で眠れない。一度、血糖値を下げすぎてしまって、体が痙攣して呼吸が荒くなり、舌がダラっと出たことがあった。急いで砂糖水をスポイトで口に注入し、先生に急診の電話をかけて、ひたすら祈っていたら回復した。階段を登れなくなり、高さ数センチのトイレに跨いで出入りすることさえ困難になった時期もあったから、ある日、かかとを上げて歩いているのを目にしたときは、嬉しくて涙が出た。その後は順調に回復していった。

この一年半ほどはずいぶん体調が安定していて、毎月の病院での血液検査の数値も良かった。昔みたいに高く跳んだり速く走ったりはもうできなくなってしまったけれど、ベッドに飛び乗るくらいはできて、腕枕をしてきたり、股の間に入ってきたりして、いつも一緒に寝ていた。こんなふうに寿命まで生きていくのだろうと安心していた。人間以外の動物と暮らしたのは初めてだった。自ら望んで始まった猫との生活ではなかったが、こうなってみると色々な光景が思い出され、私のほうが心臓がおかしな鳴り方をしたり、息ができないほど呼吸が乱れたりして、生きた心地がしない。

部屋を閉め切って、遺体がいたまないように室内の温度を最低まで下げ、冬用のコートを着込んで朝までずっと撫でていた。撫でながら仕事をした。いつもはキーボードを叩いていると、腕に乗っかってきたり、体を寄せてきたり、鳴き続けて邪魔をしたあと、諦めて横で寝ていた。それでも仕事はしなければいけなかった。そんな風にやってきた自分を、最期に見せなければならないと思った。冷たく固くなった体は怖くもあったが、体毛を見ていると眼の錯視だろうか、どうも腹が動いているようにも見えて、温めれば生き返る気もした。発見した場所が私の枕元だったこともつらい。不調を感じて私に助けを求めてきたのだろうか。猫の最期は悲惨な状態が多いと聞いていたから、それまで体調不良もなく、失禁も吐瀉もほとんどなかったのは、死に方としては楽だったのかもしれないとも思うが、気休めではある。

すでに火葬して骨壷に収まっているが、眠ると夢に出てきたりするし、股の間に乗られた感じがして、目を覚ましてもいない。部屋には抜け毛が、小さな綿飴のようにちらばっていて、見つけるたびに丸めて遺影の前に供えている。生きていたときの習慣が体から抜けず、通れるようにドアを開けてあげたり、いつも隠れていたソファーの後ろを無意識に見てしまう。部屋に転がったトイレの砂でさえ、生きて動いていたときの名残のような気がして、掃除するのに覚悟がいる。注射の時間が気になり、もう必要ないんだと気づいて、必要がないという言葉の残酷さを感じる。

こういうことがあっても、生きていかねばならないし、生きていけてしまえる。そのことが本当につらい。肉体が消えるという同じ経験を、いずれ自分もするのだろうと思うことが、わずかな慰めになっている。肉体が消えたあと、「虹の橋の袂」で再会できるという温かい物語を、私はどうしても信じることができないのだが、肉体とともに意識も魂も消滅するという常識に、どうも心からは納得できない。人間の言葉と思考でそこに迫れるものか、そもそも迫る必要があるのかもわからないのだが、引き続き考えていきたい。

 

今月発売の「すばる」10月号に、「すばるクリティーク賞」の最終回(現時点)で佳作だった、荒川求実「主体の鍛錬──小林正樹論」が掲載されています。選評は同誌2022年2月号で語っているので繰り返しませんが、とにかく掲載まで諦めず書き直し続けたのは見事です(伴走してくれた編集者も)。トリッキーなメディア分析でもなく、高踏な表象分析でもない氏の映画評は、「現代的」ではないかもしれません。しかし、他者の批評を真っ向から受け入れることのできる氏の資質、対象を手際よく分析するのではなく、対象から自らを問われるところから書く氏の資質は、僕の考える批評の本流を継承しています。初心を忘れず頑張ってください。掲載おめでとうございます。とても嬉しい。

近況

ご無沙汰してます。

コロナは大丈夫でしょうか。僕は2回目のワクチン接種で熱が出たくらいです。

今月の仕事はこんな感じです。「小林秀雄」第79回(「新潮」11月号)、「新潮新人賞選評」(同)、「古層探偵」第8回(「武蔵野樹林」8号)。「すばるクリティーク賞」の一次選考。年内に刊行予定の『非人間』のゲラ直し。飯田博久さんの書いている小説の編集(とそれに関する手紙のやりとり)。あと大学の仕事。

今の社会について考えていると、昭和維新が自然に思い浮かぶ。この期に及んで私利私欲を貪る為政者や権力者は、かつてなら国賊として天誅を加えられたはずで、本当はもうそれしかないのかもしれない。もはや「正しい批判」でどうこうできる段階とは思えない。このような暴力の感触を失うこと自体、大局で暴力に加担することでもある。

でも僕は暴力は認めたくない。殺すことと紙一重の生かす言葉を求めたい。

その意味で、オウム真理教事件やその後の無差別殺人事件には、今なお考えるべき何かがあると思っている。あのあたりで社会批判としての暴力が骨抜きにされた。それと同時に暴力批判も社会的に骨抜きにされた。その結果、一見すると個々の責任や偶然に見える死が野放しになり、それが現在のコロナ下における死者に直結しているように思える。コロナで亡くなった人のみならず、すでに生活困窮者(とくに女性)の自殺は増加していて、今後、生活が立ち行かなくなった人の自殺はさらに増えるだろう。その現実の前で僕は文化的おしゃべりを続けたくない。だからずっと黙っている。けれども、君が最後まで期待してくれた仕事については、ちゃんとやろうと思っている。

 

近況

 ご無沙汰です。この間コロナ下でせっせと仕事しています。今月はこんな感じ。「小林秀雄」第69回(「新潮」11月号)、「新潮新人賞選評」(同)、「非人間」最終回(「群像」12月号予定)、「古層探偵」第5回(「武蔵野樹林」5号)。大学の仕事。

 旅行も温泉も食事も行けなくなってしまって、糖尿病の猫に毎日インスリン注射を打ちながら、ほとんど誰とも話すことなく、月に百枚とか原稿書いて、もっときつい人がいくらでもいるのもわかっているし、仕事があるのは本当にありがたいんだけど、

「ぼくはぜんぜんなにもしたくない。ぼくは馬に乗りたくない──これは激しすぎる運動である。ぼくは歩きたくない──これは骨がおれすぎる。ぼくは身を横たえたくない。なぜなら、ぼくは横たわったままでいるか──これはいやだ──、それともふたたびおき上がらなくてはならない──これもいやだ──からである。けっきょくのところ、ぼくはぜんぜんなにもしたくない」(キルケゴール『あれか、これか』浅井真男訳)

 朝から一日中この本を読んでいた。正確には眺めていた。『あれか、これか』は11ヶ月で書き上げられたという。著作集で上下それぞれ2冊ずつ、つまり単行本で4冊分。信じられない速さだ。それだけレギーネとのことが大きかったのだろう。『死に至る病』その他のキルケゴールの問題意識は、全部この最初の本にあるのだと改めて思った。その内的なつながりは本当のところはわからなかったけれど、「正しくない──これ以上に苦痛な感情が考えられるだろうか?」、この「苦痛な感情」を妥協なく促し励ますものとしてキルケゴールにはキリスト教があったのだなということだけはわかった。

 コロナの次は何だろう。富士山噴火とか、戦争とか、異星人の襲来とか。十年前は地震原発で、その十年前は就職氷河期で、それはまあ大変だったけど、今はもう運動自体がないし(あるのか?)、箱根の対星館もないし、霧ヶ峰のウシもいない。

 でもさ、頑張ろうよ、頑張ろうぜ!

新年

あけましておめでとうございます。

報告が遅れましたが、先月から「新潮」の「小林秀雄」第二部を再開しています。今月の「すばる」には「すばるクリティーク賞」の選考結果(受賞作なし)と選考会が掲載されています。昨年10月には「武蔵野樹林」に「古層探偵」の第三回も掲載。

今にも戦争が始まりそうな現下、昨年国内で起きた複数の通り魔的な殺害事件、肉親の殺し合いなどを想いながら、かつて大塚英志さんが述べた、「「反戦」とは「殺されたくない」でも「殺すな」でもなく「私は殺さない」という選択に他ならない」という言葉を思い出しています。ただし、それは「選択」できるものではなく、「殺すも殺さぬも物のはずみ」(小林秀雄)という残酷な偶然性に曝されるなかで、諸個人それぞれが自らの血と涙を代償として辿り着くほかない、人性の「必然」だと僕は感じています。

それでは本年もよろしくお願い申し上げます。

近況

 7月に発表した「上田岳弘論」、「Yahoo! JAPAN」のサイトに掲載されると書きましたが、遅れているようです。進めているという連絡はあるのでいずれ載るはず。

 今月の仕事は、新潮新人賞の選考会(一昨日終了)、「武蔵野樹林」の「古層探偵」第三回(古歌・中篇)、なかなか終わらない「群像」の犯罪論(現時点で400枚近くあり、大幅に削ることになりそう)、「すばるクリティーク賞」の一次選考等々。

 「小林秀雄」の連載再開は新年号の予定。休載中に『モーツァルト全集』、『伝説の録音』、小林が直接言及している音盤(の周辺も)、モーツァルトのいわゆる名盤などを聴きました。合わせて4000曲くらい。予備知識をほぼ入れずに浴びるように聴くという素人的なやり方で、自分の無力さと研究・批評のありがたさを痛感するばかり。

 とはいえ、長年の謎だった、小林が「弦楽五重奏曲第4番ト短調」(K.516)について、「疾走するかなしさ」と書いたときに頭に鳴っていた演奏を発見できた(気がする)し、ヨハン・クリスティアン・バッハに対するモーツァルトの批評的関係にも注目できたし、グレゴリオ聖歌「平和の讃歌第9番」からモーツァルトの「主の御憐みを」(K.222)へ、それがベートーヴェン「第九」に至る流れなども考えるきっかけになりました。原稿に生かせるかわかりませんが。ナタリー・デセイの歌うアリア「いいえ、あなたにはできません」 (K.419)は、歌曲のなかで一番好きになりました。歌詞もいい。

 30代の後半から予兆はありましたが、40歳を超えたあたりから時間の感覚が完全におかしくなってきて、文字通り十年一日みたいな感じです。「重てえな 俺の体の…何もかも」(『バガボンド』)。それでも今日は「かみくら」で、今年最初の大間と秋刀魚、今年最後の新子と新烏賊を食べました。そんな日があってもいいだろう?

最近の仕事

 本日発売の「新潮」8月号に「小説の究極 上田岳弘論」(80枚)という批評文を書きました。単独の現代作家論は、「ロスジェネ」最終号に書いた浅尾大輔論以来、9年ぶりになります。現代小説について書くことはもう二度とない、とくに、単独の作家論は浅尾論が最初で最後と思っていたので、自分でも驚いています。同時代の人間について書くためには、作品の優劣を超えた「宿命」のようなものが必要で、僕は上田さんにそれを感じたということです。少なくとも、僕は今後もう現代作家論を書くつもりはありません。これが最後のつもりで書きました。そして書く以上は、最高の、究極の作家論にしたいと思いました。難解な上田作品を理論的・歴史的に明晰に読み解き、かつ同時代のカルチャーや思想や事象と交差させつつ、現在において真に考えるべき問題を提示する。何より、この批評文それ自体が、小説に拮抗する「面白い」文章であること。それが実現されているか否かを読者に問いたいと心から願っています。ぜひ読んでみてください。

 なおこの上田論は近々「Yahoo! JAPAN」のサイトにも無料で全文公開されます。

 同時に掲載されている高橋一生さんと上田さんの対談も、有名俳優と芥川賞作家の販促コラボというありがちな企画ではまったくなく、とても真摯で重要な対話になっていると思いました。上田さんが今まで行ってきた対話のなかで一番いいと思います。

 別件。この間「武蔵野樹林」という雑誌で「古層探偵」という連載を始めました。日本の古歌、ミシャクジ、縄文、中国古代文字、洞窟壁画、エジプト文明メソポタミア文明などの考察を通して、「人類の殺人」を探偵するという構想の批評です。それから、約束から8年近く経った「犯罪論」も、ようやく完成が見えてきました。「すばる」の連作批評も次回か次々回で終わる予定です。中断している「小林秀雄」の連載再開はまだしばらく先になると思います。当初は8月頃再開の予定でしたが。すみません。

近況

 今月発売の「新潮」9月号で「小林秀雄」第一部が完結します。

 5年ほど、ほぼ毎月連載を続けてきました。おそらく現時点で400字詰原稿用紙で2千枚を超えているはずです。こんなことになると思っていなかったので、自分自身が驚いています。しかし、今までのようには書かない、書き方そのものにおいて自分を先に進める、ということは連載開始時から決めていました。決めたというより、小林秀雄という存在に対峙するとは、そういうことなのだと。結果、今まで自分が大切にしてきたものをその都度捨てながら、何かがむき出しになってきた感じがします。読みやすい文体、劇的な構成、自分のことのように感じられる問い、そういったものは今の自分には本当のことに思えない。生きるとは批評することですが、批評文を書くことが批評ではない。大切なのは前者であり、その途方もなさを感じ続けること、その行為としての言葉の使用が、結果として作品となることがあればいい。そう思っています。

 連載は2019年のいずれかに再開する予定です。

 その間いくつかの文章も発表するつもりです。なかなか書き始めることが出来なかった犯罪論、「すばる」の連作の最後、角川財団が創刊する新雑誌での連載など。いずれも掲載がいつになるかわからないので、気に留めておいて頂けると幸いです。

映画『大地を受け継ぐ』

井上淳一監督の映画『大地を受け継ぐ』が劇場公開された。

数年前、東日本大震災について「出日本記」(『新世紀神曲』所収)を書いたとき、私が考えていたのは「自殺した農家の男性」のことだけだった。

地震原発についてなら書くことも語ることもできる。しかし、震災にさいしてもっとも衝撃を受けたこの出来事については、書けない。「もう作物を作ることができなくなった」という理由で自ら死を選んだ人がいる。ここから始めなければ意味がないのに、それを語ろうとすると、自分が生きてしまっていることへの自問が生じる。それで、何も書けないまま、一年くらい、毎週のように自堕落に温泉に通ったり、否応なく与えられる勤め先の仕事をしたりしていた。

この映画の主人公の樽川和也氏は、自殺した男性の長男である。

樽川氏は放射性物質に汚染された父の農地を「受け継」いだ。それは「有害な食べものを他の人に食べさせている」(現実には厳しい測定のため放射性物質が含まれているものは出荷できないのだが)という「罪」の意識を受け継ぐことに他ならなかった。父は弱かった。何も死ぬことはなかったのに。だが、そんな弱く優しく誠実な心が、最高の食物を作り出していたのだ。氏は東京電力や政府の対応を厳しく批判する。それは絶対に必要なことだ。しかし、父が死を選ぶほど拒絶したことを、自分はやっている。そうやって生き延びてしまっている。おそらく、樽川氏を真に苦しめているのはこの矛盾であり、それは賠償では決して解消されない。にもかかわらず、氏の言葉や表情の重みを深めているのが、この矛盾と罪の苦痛であることもまた疑えない。現場を捨てて逃げた人間、正確には、何も「捨てる」ことなくたんに移動できたため、事件の前後で矛盾も葛藤も生じない人間には、思い及ばない世界だろう。

人生を省みて、あのとき死んでいればよかったと思う瞬間があって、その思いは時を経て強まるばかりなのだが、それでもこうして生きている。かつては閃きで書いていたが、今は、与えられた環境と、時折耳目に入る励ましに感謝しつつ、自分でも毒か薬かもわからないまま、毎月、祈るように書いている。

そんな自分の現在を樽川氏に勝手に重ねて観た。きっと同じように無数の人が自分を重ねて観るだろう。

東日本大震災についての映画は、震災後、おびただしい数が作られた。大小合わせれば数千本と聞いた。この映画は、映像としての派手さはないし、震災についての知識を得るという意味では、より相応しいものが他にあるかもしれない。だが、私の問いを正面から受け止めてくれる映画は、これしかない。

樽川氏が悲惨な出来事について語るときの歪んだ笑顔が忘れられない。首を吊った父を発見したときのことを、氏は、震える声で感情を押し殺すように笑顔で話す。涙を引き継ぐのは子供たちである。一人の男子学生の目から涙がこぼれる。女子学生はうつむき鼻をすする。こうした場面がこの映画には無数にある。これらは映像以外のどんな表現でも描くことができない。必要なのは知識や情報ではない。感情の伝達なのだ。

ではその逆はどうだったか。樽川氏が子供たちの感情に伝染され、氏の生に別の光が差し込む瞬間は記録されていたか。上映中に再度確認したい。

今月の仕事

今年もよろしくお願いします。

以下、今月の仕事です。

連載「小林秀雄」第29回(「新潮」2016年2月号)。

浜崎洋介氏との対談「生きることの批評」(「すばる」2016年2月号)。

藤野可織氏『爪と目』(2015年12月23日刊行)の文庫版解説。

小林の連載は、日中戦争からノモンハン事件を経て、ついに第二次世界大戦に入りました。日独防共協定を無視しての独ソ不可侵条約、その直後のポーランド侵攻(第二次大戦勃発)という流れは、国家間における条約や協定の意味を改めて考えさせられます。また、話のいきがかり上、アウグスティヌスの『告白』と『神の国』を読み直しました。前者は山田晶氏訳が素晴らしいです。人を殺すことに苦しんだパウロの罪の意識がキリスト教を創り、その三百年後、十五年連れ添った内縁の妻を捨てても止まぬ情欲に苦しんだアウグスティヌスがそれを固めたとすれば、キリスト教脱構築するとはどういうことか。

浜崎さんとの対談は、箱根の温泉旅館「福住楼」で、14時間に渡って(帰りのロマンスカーも含めて)行われました。浜崎さんと会うのは初めてでしたが、古い友人と語り合うような心が通った対話になりました。改めて浜崎さんに感謝します。誌面に反映されたものは、たくさんのことを話したなかの本当にごく一部なのですが、ちゃんと話している感じが出ている、よいまとめになっていると思います。分量だけで言えば、会議室で2時間も話せば十分なところを、じっくり温泉で話したいという希望を快諾して頂き、長時間に渡る対話に同席し、自らそれをまとめてくれた担当の努力のたまものです。この「すばる」には「批評を載せる」という編集者の思いが漲っており、他の著者の文章も気合が入っています。そうそうあることではないので、ぜひご購読を。

藤野さんの本の解説は「波」に寄せた書評の再録です。

三年目になる映画大学のゲスト講義では、思想家の前田英樹氏をお招きすることになりました。それで年末は氏の著作を読み直していたのですが、未読だった『ベルクソン哲学の遺言』に感動しました。ベルクソンについてベルクソンのように書かれたこの本は、読む者自身をベルクソンのようにしてしまう。これは僕の思う理想的な本の在り方なのですが、それが実現されることは極めて稀です。ベルクソンは大学時代にドゥルーズ経由で読みましたが、今は小林経由で読み直すなかで、そのすごさが改めてわかってきた気がします。ベルクソンの思考は驚くほど単純ですが、問いの立て方と答え方、あるいは「生きていること」への感度の強さにおいて、僕にはとてもしっくり来ます。あまりにしっくり来るので、むしろ批判的に見る必要があるかもしれない。

年末は友人たちと恒例の食事をし、朝の築地を回ったあと、上野動物園に行きました(目当ての国立博物館は休館中)。互いに無関心に草を食む猿たち、その間を走り回る子猿たち、群れの外れで睦み合う猿のペアなんかを見ながら、クラナッハの「黄金時代」を思い出していました。静謐な時間でした。

最近の仕事

箱根が心配ですが、久しぶりの更新です。

この間の「小林秀雄」の連載の見出しは、19回(登山とスキー、深田久弥、「私小説論」)、20回(純粋と通俗、「思想と実生活」論争、中野重治)、21回(中野重治(続)、創元社)、22回(アラン、菊池寛)。次回は日中戦争と「「日本的なもの」の問題」について書くことになると思います。

連載以外の仕事は以下。いずれもまだ刊行されていませんが、数ヵ月以内に刊行されるはずです。

野呂邦暢『失われた兵士たち 戦争文学試論』解説(文春学藝ライブラリー)
小島信夫『城壁/星 小島信夫戦争小説集』解説(講談社文芸文庫
北大路魯山人魯山人の真髄』解説(河出文庫