何をどう考えればよいのだろう。世間では高市首相は大変人気があるそうだが、私にはさっぱりわからない。演説動画を眺め見ても、「強い日本」とか「豊かな日本」といった漠然とした物言いしかなく、報道されるような「はっきり言う人」という感じがまったくしない。「逃げない」とか「戦う」と言うのだが、何から逃げないのだろうか、何と戦うのだろうか。具体的に何のことを言っているのか全然わからない。演説にも覇気が感じられない。暗く陰気な感じがする。いつも表情が硬く強ばっている。
自民党のホームページを見てみると、5つの「政権公約」が掲げられているが、いずれも一般に(保守)政治家が言いそうなことであり、独自性も具体性も感じられない(飲食品の2年間の消費税の免除は円安を加速させて日本経済を悪化させるだろう)。5の憲法改正の「断行」もわからない。「自衛隊の明記」とはなんだろうか。「戦力・武力ではない」と明記するのか。「戦力・武力である」と明記するのか。後者なら9条の武力放棄を撤廃することになるだろうが、それについては何も書かれていない。自民党の従来の改憲案は前者のようだ。これもよくわからない。普通に考えれば、自衛隊を軍隊に改組したうえで、その戦力・武力をどう管理するかという議論に進むはずだが、そういうことを「はっきり」とは言わない。「やられたらやりかえす」ための力は武力でも戦力でもないらしい。被害者の振るう反撃は戦力でも武力でもないと。転じて被害を受けそうな者が加害を振るいそうな者を抑止する力も戦力でも武力でもないのだろう。そこらじゅうに蔓延している際限ない被害者意識と同じだ。それを国家の根本である憲法に密かに書き込もうとしている。「はっきり言う」態度とはまったく思えない。
だがむしろ、そういう曖昧で空疎な言葉こそが、支持されているように思える。
ほかに何が支持されているのかと考えると、初めての女性の総理だからということはあるかもしれない。女性の意識や感性を政治に反映させられるということではない。たんに初めてのことだから、やらせてみたらおもしろいのではないか、というくらいの。女性であるがゆえの叩かれにくさもあるだろう(「おっさん」はいくらでも叩いたり揶揄したりしていいが、女性をそのレベルで叩くと差別主義者になってしまう)。
あとはさんざん言われている旧安倍派ということか。だが安倍政権の支持もよくわからなかった。30年近くかけて先進国のなかで日本を「一人負け」させた経済政策、裏金や癒着などの政治の私物化による政治不信の蔓延など、継承より批判的に検証するべきことが多過ぎる。ただ、本人自身には何もないのに、岸信介や佐藤栄作といった親族を継承するという構図と地盤が利いたというのは、高市氏にも言えるように思える。
マルクスの『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』を思い出した。
1848年2月のフランス二月革命は、労働者主権の性質を持つ議会制民主主義(第二共和制)を誕生させたが、革命政府内で都市労働者と農業労働者が対立するなか、同年12月に行われた大統領選挙で、ナポレオン1世の甥のルイ・ボナパルトが74パーセントの得票で大統領に選出される。ルイには政治家としての実績がほぼなく、ナポレオンの甥という知名度、潤沢な政治資金、保守派の消極的な支持によって大統領になれたとされるが、大統領となったルイは、その2年後の1851年12月にクーデターを起こして議会を停止し、その一ヶ月後(翌52年1月)に憲法を改正する(大統領の独裁を強めた)。さらに同年12月に行った国民投票により自ら皇帝に即位する。それから18年間ものあいだ、普仏戦争(1870-1871)でフランスがプロイセンに敗北するまで、ルイはフランス第二帝政の皇帝として在位し続けることになる。
マルクスはルイ・ボナパルトという実質を欠いた何者でもない人物が、ナポレオンという英雄の甥であるというだけで大統領になってしまい、さらにクーデターまで成功させてしまう「構造」を、「1度目は偉大な悲劇として、2度目は惨めな笑劇として」と揶揄的に分析した。しかし、これをマルクスが書いた時点(1852)では、ルイは皇帝にはなっておらず、さらにそれから20年近くもルイは皇帝であり続けたのだ。それを終わらせたのは、国民の自主的な民主化闘争ではなく、戦争(の敗北)だったのだ。
現時点で高市首相がルイのような独裁者になるとは思えない。ただ、2021年には月刊誌「Hanada」(10月号)のインタビューで、現在の自民党の改憲案を批判して、自衛隊を「防衛軍」に改組し、「戦力」として認めて交戦権を復活させるという憲法改正案を語っていたという(「東京新聞」2021年8月26日)。これは現在連立を組む維新も同案のようだ(「朝日新聞」2025年11月27日)。すると今回の選挙の結果次第では(自民と維新で310議席を超えた場合。超えるという予想が各社から出ている)、「自衛隊を明記」というレベルではなく、上記のような憲法改正へと一挙に事態が進む可能性がある。そのことを高市支持者はわかっているのか。
高市首相はそういうことをまったく「はっきり言って」いない。公言すると支持率が下がると思っているからだろう。自民党内部も割れるかもしれない。だがこれは総理にあるまじき卑劣なやり口だと思う。信念なら堂々と言えばいい。こんな騙し討ちみたいなやり方で、いつの間にか憲法が改正されてしまうのは、まったく許しがたいことだ。
自民議員が「国民のみなさんに血を流していただく」と言って「弁明」していたが、血を流すのは「国民のみなさん」で「自分」ではないという本音が透けて見える。そこにはこの30年でどれだけの血のみならず命が流されたのかという認識もない。
しかし、こんな状況下だからこそ、手に入れられるものもあるだろう。そんな思いで私はいつものとおり、浅尾大輔さんのいる共産党に、期日前投票をしてきた。
外では雪が降り積もっている。みなさん足元にお気をつけて。